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後悔は先に立つ?!『恐れ』の意味と『覚悟』の決め方

      2017/08/02

夕焼けだんだん,猫

『後悔先に立たず』と言いますが、スピリチュアル的に表現すると『後悔は先に立つ』のです。
また『何事も、やってみなければ分からない』とありますが、実はこれも分かります。

『一体、何を言っているの?』と思う方に是非、読んで頂きたい内容です。



恐れと距離

冒頭の答えは、後々繋がって来るとして、今回のテーマは『恐れ』です。
『あまりにも漠然とし過ぎて、よく分からない』という方がいるかも知れませんが、もしかしたらその答えが分からずに、ここへ辿り着いたのではないでしょうか。

なので今回の話は、響かない人には全く響かず、響く人には『もうやめて』と言われそうなぐらいの内容なので、予めご了承下さい^_^

初めに、以下の例えから受ける感覚を比べてみて下さい。

・あなた家の隣に、10階建てのマンションが建つ。
・都内の高層ビル群に、また新しいビルが建つ。

『大きな建築物が建つ』という内容は同じですが、それが家の隣だと困るはずです。
逆に、ただのニュース程度の話題であれば、特に気にならないと思います。
これは自分に直接影響があるかも知れないという『想像』と『距離』のせいです。

もう一つ、例えを上げます。

・あなたの隣の家の人が、1億円宝くじで当てた。
・海外の富豪の息子が、100億円相続した。

金額に開きはありますが『働かずしてお金を貰った』という事実は同じです。
この場合、自分への影響や金額はあまり関係がなく『距離』に気持ちが動くはずです。

いずれにしても、それは嫌悪感や妬みとして現れることが多く、人は内容よりも『距離』に影響されやすい性質があることが分かります。

それを踏まえた上で『今まで経験のない新しいこと』に直面した時、それは最も近距離である自分自身に対して必要以上の『恐怖』として現れ、一瞬にして心を縛ってしまうものなのです。

恐れと反発

恐れとは『出来ること』だけで成り立っていた仕組みの中に『初めてのこと・苦手なこと』を入れた時に起こる、拒絶反応です。

例えば、係を振り分ける時、リーダーが『この役をやって下さい』と指名すると『何で私がやらなくちゃならないの?』と反発するシーンがありますよね。これを訳すと『経験のない仕事だし、新しい勉強や覚える項目があり、不安だし面倒臭いので、やりたくありません』となります。

しかし本人は直感的に『恐れ』を感じているので『反発』という形で出して来ます。
これを言い換えると『学びの無い、逃げている状態』になるのです。

そしてどうにもならなくなると強暴化し、人を攻撃することもあるのです。
ですから、いじめをする人は恐れと怒りの渦の中にいると理解して下さい。

恐れと抵抗

それではなぜ、恐れや反発が起きてしまうのでしょうか?
単純に『やりたくない』のであれば、ここまでは行かないはずです。

その理由は、過去世も含めた『記憶』に刻まれています。

私達は、これまでの節目節目で勇気が出ず、多くのことを諦めて来ました。
それは『超えられなかった後悔』という形で霊(たましい)の記憶に残っているのです。

そして時が巡り、再び似たようなシーン(チャンス)が訪れます。
前回は逃げてしまったので、経験としては何もありません。
『また、逃げてしまおうか』ふと、そんなささやきが聞こえて来ます。
更に、今まで培った人生経験から、体裁の良い方法で取りつくう方法を考えるのです。

そんな流れを感じ取った霊は『諦めた時の後悔の蓄積』の扉を全開にします。
それは『やらずして死んで行った自分自身への恨み』ですから、エネルギーはとても強力です。

これが逃げへの歯止めという『抵抗』になり、自身の内側で大きな2つの葛藤が揺らいでいる状態になるので、どうすることも出来ず、心身共に辛い状態になってしまうのです。

まな板の鯉

一旦整理すると『新しいこと』が起きたら『チャレンジ』すれば良いだけの話です。
しかし『恐れ』から、なかなかチャンレンジの覚悟が決まらない状態になります。

そんな時、人は必死に『取りつくろう』のです。

例えば、道具を買い揃えたり、ブランド品で身を固めたり、場合によっては資格を取る勉強を始めたりする人もいます。これは全て世間や他人の目に怯えている姿なのです。

しかしこれには限界がありますから、やがては『恐れ』と向き合う時が来ます。
ヘトヘトに疲れ果てているかも知れませんが、いわゆる『まな板の鯉』なのです。

実はこの状態になると、霊へ付いていた『我』という汚れが剥がれます。
同時に余計な不安や恐怖も、薄れて行くのです。
そして、これらが無駄であったことに気付くのです。

・こう思われたり、こう見られたくない
・逃げて同じことを繰り返してしまう
・やらなかった後悔や無念さ

ただ、これは極限状態での気付きであり、普段はなかなか感じることの出来ない『スイッチの入った状態』と言えます。見る方向やアンテナの伸ばし方で、必要な情報や物や環境は全て整っていることが分かるはずです。有るのに使わず、無いものを欲しがる愚かさ、癖や習慣から自分を追い詰める視野の狭さがハッキリと分かります。

そう、人は『困らなければ分からない』のです。

あなたの代わりはいない

普段、常識的な振る舞いをしていることを前提として話します。

周囲を見渡すと助けてくれたり、チャンスをくれたり、応援してくれる人は必ずいるはずです。
しかし、そんな優しい人でも、あなたの経験の肩代わりまではしてくれません。
成長は代わることまでは出来ないので、自分の決意で進み乗り越えるしかないのです。

これは、心にも同じことが言えます。よく『私を癒してくれる人』という表現がありますが、厳密に言うと『癒す手伝いをしてくれる人』です。自分以外の人は表面的な部分までしか介入出来ませんから、最終的には自分自身で覚悟を決めるしかないのです。

『覚悟』にはとても勇気が要りますが、それでも向き合うことで『恐れ』が消えるようになっています。
そしてチャレンジを続けることでサイクルが生まれ、波動に勢いが乗るのです。

そして通り過ぎ振り返ってみると、乗越えた恐れは『たいしたことではなかった』と思えるのです。
経験者が言う『大丈夫、君にも出来るよ』という言葉には、これほどの意味が隠れていたんですね。

人は経験をしながら成長して行きます。
そして、過去に逃げて来た後悔も知っているのです。

霊の成長の過程で、チャレンジして乗越えて来たこと、乗越えられなかったこともありますが、それに対しての結果とは成功や失敗ではありません。ここに他人の評価を乗せるのではなく、恐れに向き合った結果とは、経験と自信の蓄積であり、やがては自分だけの財産になるものです。

ここまでを一つのサイクルと考えられた時『恐れの感覚』に対して、感謝が生まれるのです。



最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
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