唐突に『人生の現在位置』を聞かれた場合、あなたはどう答えるでしょうか?
全てにおいて、人生とは波乱万丈ですから、様々な意見が聞かれそうです。
結局、人生の進め方とは自分次第なので、自己評価が重要です。
それを曇りの無い視点で評価出来たとすれば、人生は一気に楽しさへと変わるでしょう。
今回は、あなたの行く手を阻む、得体の知れないものについて考えてみたいと思います。
理由を知るべき時
テレビなどの教育論もあり『反抗期』の必要性がクローズアップされて来ました。
これはとても良いことですが、不思議と理由を言う人が少ないのです。
これは日本の文化なのかも知れませんが『こういうものだ』と言うだけで、実は意味を知らない人が多くいるように思います。これを勉強に例えると『丸暗記』であり、テストでは点が取れるかも知れませんが、応用が利かなくなってしまうのです。
スピリチュアルな領域とは、ちゃんと筋が通ったものであり、疑問にぶつかった時こそが『学び』の合図です。そんな観点から『反抗期』を紐解いて行きましょう。
反抗期とは何か
人は産まれると、まずは親に育てられます。
全てを委ね愛情を受け取る中で、それでも幼少期から独り立ちの準備を始めています。
家庭の教えが中心となり、それを材料に自分自身を構築して行くのです。
やがて幼稚園辺りから社会との接触が増えて行き、学校では学業が中心となります。
すると、親の教えと現実世界の『違い』が見えて来るのです。
この違和感に反発することこそが『反抗期』で、それは親の指導で構築された自分を一旦解体にし、もう一度組み直すことなのです。
親とは我が子に、理想を押し付けてしまうものです。
良し悪しを『自己評価基準』にすることで『個性』を確立させて行くのです。
タイミングは『親の教えは間違いだった』と気付いた時から始まります。
そして思いっ切り、ぶっ壊すのです。
親からの観点
親は我が子に、苦労をさせたくはありません。
だからこそ、ついついレールの上を歩かせたがるのです。
しかしその親自身は、人生の大成功を収めているのでしょうか?
ちょっと偏った表現になりますが、貧乏人がお金持ちになるコツを教えているようなものです。
親からすれば、言うことを聞く子は『良い子』で、聞かなければ『悪い子』となるのでしょう。
しかし、押さえ付ける形で『良い子』へ位置付けてしまうと結果、将来的に苦労が待っています。
これは今までの常識を、一旦バラバラにして組み直さなかった結果であり、必ずやらなくてはならない修行なのです。しかしこれに対して、猛反発を受けることがあります。それは『親に従っちゃいけないの?』や『我が子に苦労をさせたくない親の気持ちは間違ってる?』というものです。
しかしそれは、こちらが強要するものではありません。
当人達が、誰かのせいにしようとしている表れなのです。
原因を探し、改善させるつもりがあるかどうか。
全てはそれに掛かっています。
自分が無い
『反抗期が無かった』という方がいます。
これについて実は線引きは出来ず『見える形だったかどうか』となります。
もしかしたら爆発せず、冷静に積み上げたのかも知れません。
さて、今回このテーマを選んだ理由は、鬱で苦しむ方からの相談が増えたからです。
ある方は親や祖母から、とにかく『あれはダメ、これはダメ』と、がんじがらめに押さえつけられていたようで、現在でもその状況は続いているそうです。
結果的に『自分で選んで決める』ことをして来なかった為、とにかく人目が気になり、常に不安が付きまとってしまうのです。理由は『自分の中に自分が無い』ことです。
通常であれば、反抗期は学生時代などに出て来る症状ですが、それが過ぎてしまったからといって、諦めることはありません。それに大暴れする必要も無く、とにかく今までの常識を全否定し、自分の体感したもので構築すれば良いのです。
ですから年齢制限などは無く、今からでも遅くはないのです。
霊の強さ
人生で最も無意味なのは『恐れと不安』です。
これは潜在的に浮かび上がるものですから、打ち勝つ強さが必要です。
そしてその強さとは、ブレない軸のある霊(たましい)です。
これは人の話を聞かないという意味ではなく『直感力が優れているか』ということです。
直感とは『直に感じること』であり、それはまさしく自分だけの感覚です。
ですからやはり、その時の『自分だけの感覚』なのです。
それを持ち合わせて社会と共存することが『生きる学びのスタート地点に立つ』ことになります。
また不謹慎な表現になるのですが、親が押さえ付けてしまうことは『武器を持たずに戦地へ送り込む』ようなものだと思っています。
強さを持つことで、人に優しく出来る。
裏を返せば、優しさとは強い『自分軸』なのです。