生きて行く中で、時々、自分自身が分からなくなることがあります。
迷いの渦で苦しみを感じるはずですが、実は『霊の成長段階』にいることがほとんどです。
人生の試練だと思い、乗り越えるのですが、もっと楽しみながら進むことは出来ないのでしょうか。
今回は『霊の成長』をよりスムーズに行う為の、根本的な考え方について話して行きます。
霊(たましい)とは何か
いきなり余談なのですが、私は『魂』とは書かず『霊』と表現します。
どちらが良いという訳ではありませんが、意味合いも含めこちらの『霊』を使っています。
『れい』と読んでしまうかも知れませんが、どちらも間違いではないので気にしないで下さいね。
さて、人間とは『肉体』です。
細胞の集合体であり、生死を繰り返しながら一つの個体として成立しています。
しかしそのサイクルは永遠ではなく『寿命』で『死』を迎えます。
この『肉体』という舟に『霊』が宿り、そのセットが『人』なのです。
ちなみに『霊』の存在を否定し『人は肉体のみで生きている』という考え方もあります。
それはそれで間違いではないので、この話に興味のある方だけ読み進めて下さい。
次に思うのは『霊って何?』という疑問でしょう。
その答えは『光』です。
子供の頃、お墓での肝試しで、光の玉を見たとか見ないとかという話がありましたが、あれは『不成仏霊』という意味であれば、あながち嘘ではないのかも知れません。
ただ、それ以上の話になると、明確に答えられる人が少ないのも事実です。
しかし『スピリチュアル』とは、曖昧に逃げる表現ではありません。
明確な『筋道』があるからこそ、心が救われるのです。
霊の正体とは
『光』の正体は『愛』です。
『なんだ、そんなことか』と思うかも知れませんが『愛』とは複雑なのです。
例えばワールドカップのサッカーは、本国への愛から対戦国を攻撃し、負ければ本国の選手や監督まで攻撃してしまいます。また、暴動を起こしたり、街で騒ぎ立てたりもします。しかし、普段からサッカーを愛しているかといえばそうではなく、開催に合わせ『愛国心』が大きく膨らむのでしょう。
本来は世界共通のサッカーというスポーツ全体へ愛を注げば良いのですが、そうではなく敵と味方をハッキリ区別し『国を背負っているのだから』と解釈します。あの光景を見ていると『やはり戦争は無くならない』と思ってしまう反面『愛情の裏返し』の難しさを感じます。
精神世界で、極力省きたい表現は『正しさ』です。
理由は『正しさ・間違い』を指摘し合うことで、ケンカになるからです。
サッカーでも、国の正しさを主張している背景が伺えます。
しかし『愛』についてだけは『正しさの方向性』を示さなくてはならないと思っています。
愛を知ること
霊の成長とは『既にある愛を知ること』から始まります。
自分(霊)は愛で出来ていて、肉体を愛することで相互に繋がり、一つになれるのです。
また、周囲の人に対しても愛を持って接すれば、愛が返って来るようになっています。
この関係を知ることで感謝が生まれ、毎日を豊かに暮らせるようになるのです。
ただ、この表現はとても簡単なようで伝わりにくいのです。
しかし、ある霊の段階へ来ると筋道が見え、分かるようになるのです。
まずは、愛の存在と性質を知ること。
すると、世の中のあらゆる根元が、愛であることが分かります。
愛を、憎んではいけません。
愛を、恨んではいけません。
愛とは、この世の中心の『エネルギーそのもの』だからです。